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 なんだか、下書きを書いては放り込んだままアップし忘れている、というのが続いて、表にはぜんぜんアーティクルが上がっていないという事実に、PR文が入っていたのを見てきづいたりして。
だめじゃん、私。

 2009年1月31日(土) 川畠成道・ニューイヤーコンサート

 を聴きにいった。
 31日になって「ニューイヤー」も無いと思うが、そのあたりはシャレだったりして、実はツアーで1か月間続いていたのである。彼はMCも上手いし、なかなかユーモアのセンスがある。

 最近は、彼の演奏を聴くことが増えているのにけっこう気合を入れて聴きにいったのは、彼の親友で相棒であるピアニスト、チャドリックのピアノを聴くためでもあった。それに、「リサイタル」になると、普段、名曲を素晴らしい筆致で聴かせてくれる彼の、「ど真ん中のクラシック」にも興味があったりして。

 結果は。
 面白い解釈をするなぁ。もっとこうしたら、あぁしたら。
それとピアニストとは、非常に息が合っている。彼らは英国王立音楽院時代の同窓生なので、もしかしたらその解釈は、そこんち風なのだろうか? そうも思う。
 ブラームスのヴァイオリンソナタ。大好きな曲であり、自分でも相当勉強した作品だ(ヴァイオリンで弾いたという意味じゃないです)。好き嫌いでいえば、個人的にはもう少しドイツっぽい、骨格のハッキリした筆致の方が好きだ。だが、聴いているうちに説得力を持ってくるのが彼らの面白いところ。
 ピアニストはとてもよい。音色とタッチ、それになんだか「合わせてる」という感じがしない。ケラスとタローにみるように、互いが“合っている”のだろう。これは育っていけばよい相棒になる。

 ただ、それだけに同じ穴の狢にならないようにしなければならないようにも思えた。
ピアノがもっと前に出てもいいのでは。そういうシーンにも何度も出合ったからである。特にこのソナタについてはそうなのだ。

 川畠というのは不思議なヴァイオリニストである。
 「もう少し、そこは…」そんな部分が散見される処もあって、あぁこっちの方向へ行ったものを聴いてみたい、そんな風に思わせることも多々ある。だが、彼は現在演奏しているものについては、できうる限りの完璧に近づけるように研鑽していて、それは揺るぎの無い確かさで提供される。その、ある種の“毅さ”は彼の強みであり魅力なのだろう。
 そして、どんな曲のどんなシーンでも、必ず。一箇所以上の部分で、その、「天から与えられたとしか思われない」音色を聴かせるのである。音色、だけではない。ここにその音が存在するのは与えられたものだとしか考えられないような、澄んで、透明で、そして楽器自身が歌うかのような。まるで光に変化してしまったような音を、ワンフレーズそこからまたさらに音楽は展開していく。
そうすると、その前後の解釈もどうでもよくなるのかもしれない。

 いやだが。
 まだまだ彼は大きなヴァイオリニストになれるのだろう。だが、今のまま行っても相当良いヴァイオリニストであり、人に愛され、世の中のある部分を変えていける存在であることは確かだ。
だが、敢えて踏み込んでほしいと思うのは、まだ、「可能性」をすら秘めているからだったり。幸いにも彼は歩むことをやめることはないだろう。ただひたすら、「今日より明日を、今年より来年を」。10周年のコンサートが続いているが、その最後に彼は必ず「次の10年」と言う。それがある限り、川畠成道という存在は、変化し続けていってほしい、その「持てるもの」を大切に磨きながら、そう思うわけだった。

 う~ん、5月16日にイグモアホール(英国)に行くかどうか、迷うところだなぁ、、、
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